
フィットネス業界は、「ダイエット」一辺倒のマーケティングから大きく成長しました。「ドレスのサイズをひとつ落とそう」「ビーチで映える身体を手に入れよう」といったキャンペーンは、もはや過去のものになりつつあります。
今では、体重を落とすことばかりではなく、フィットネスを通じて得られる身体的・精神的な健康、筋力アップ、自信、そしてコミュニティ形成など、様々な価値感に注目が集まるようになりました。このような傾向はクラブに対するネガティブなイメージを払拭し、より幅広い層の人々を惹きつける要因になっています。
とはいえ、多くの人々にとって、今なお減量は大きな健康目標のひとつであることに違いはありません。それはGLP-1受容体作動薬の急激な普及を見ても明らかであり、人々が適正体重を維持したいと望むのには確かな理由があります。適正体重、つまり健康的な体重を維持することは、心臓病や2型糖尿病、高血圧、さらには一部癌といった健康上の深刻な問題を防ぐとされており、日々のウェルビーイングにおいても重要な鍵となるからです。
残念ながら、「食べる量を減らして、運動する量を増やす」だけですべてが解決するほど、減量は単純なものではありません。一部の人々は、常に生物学的な要因と戦っているとする研究結果もあるほどです。
「私たちが思っている以上に、体重はコントロールできないものです」と、ケンブリッジ大学のサダフ・ファルーキ博士は述べます。彼が主導する研究は遺伝的変異が過体重に与える可能性がテーマであり、健康的な体重の維持は、単に意志の強さや健全なライフスタイルの現れではないことを示しています。「健康的に痩せている人々は、過体重の可能性を高める遺伝子から受ける影響が少ないのです」と、ファルーキ博士は言います。
高まるGLP-1受容体作動薬の需要
このような話を聞くと、日々の食事制限や運動で期待通りの結果が出ない場合、多くの人々がGLP-1受容体作動薬に頼ることも頷けます。この画期的な医薬品は、天然型GLP-1ホルモンの作用を模倣することで、減量の促進や糖尿病のコントロール、心血管疾患リスクの軽減をサポートし、健康を改善します。
比較的新しいものであるにも関わらず、すでにGLP-1受容体作動薬は何百万人もの人々の生活を変えました。過去4年間で、アメリカだけを見ても、健康改善のためにGLP-1受容体作動薬を使用する人は700%も増加しました。その傾向は強まるばかりで、McKinsey & Companyのレポート「2025 Future of Wellness(英語のみ)」によると、日常的に減量薬を使用している人は2023年から11%も増加したことが明らかになりました。
しかしながら、2025年の欧州肥満学会議(ECO)で発表されたオックスフォード大学による11の研究では、減量薬を使用した人のほとんどが、使用をやめてから1年以内に減量前の体重に戻ってしまうことが浮き彫りになりました。
多くの人々はGLP-1受容体作動薬を「奇跡的な肥満治療薬」と言いますが、厳密には「治療薬」ではありません。血圧の薬が高血圧を完治できないのと同じように、GLP-1受容体作動薬は食欲を抑制することで表面的な問題に対処するだけなのです。使用を中止すれば、食欲は元に戻ります。ちなみに、使用する人の約50%が3ヶ月でやめると言われています。
コーチングやサポート、そして習慣化に向けたスマートなアプローチがポイント
医療従事者のほとんどは、GLP-1受容体作動薬を使用する人に対し、健康的な食事と運動を推奨しています。しかし、これらを習慣化することは決して簡単ではありません。「ほとんどの場合、使用に対するアドバイスはパンフレットという形で提供されます。でも、パンフレットを読むだけで健康的な習慣は身に付きません」と、Les Millsの研究責任者であるブライス・ヘイスティングスは言います。
最近ブライスが主導した研究に、習慣形成を題材にしたものがあります。この研究では、成功を確実なものにするため、いかに戦略的な習慣形成が重要であるかを検証しています。GLP-1受容体作動薬の使用だけでなく、健康やウェルビーイングのコーチングを受けることで、薬の効果が高まり、より健康的な習慣形成が促進される可能性が高いという最新の知見も紹介されています。
「何事も計画と準備が重要であり、人の力に勝るものはありません」と、ブライスは言います。「誰かと一緒にワークアウトする方が、人は長く継続できることがわかっています。さらに個人的なサポートがあれば、理想とする健康的ライフスタイルに向けた変化を維持する動機付けになるのです」。
クラブにとってのチャンス
これまで肥満のために運動習慣のなかった人々にとって、GLP-1ダイエットによる減量はフィットネスに取り組むキッカケにもなっています。健康維持への選択肢として減量薬があるのに対し、スポーツクラブは新世代を惹きつける絶好のチャンスを迎えているのです。
LifeFit Group社のCEO、マーティン・シーボールド氏は、GLP-1ダイエットがクラブにもたらすチャンスを積極的に活用しています。「常に業界は新たなチャレンジに直面していますが、これまで幾度となく経験してきたように、困難が大きなチャンスに変わることは珍しくありません。減量薬は業界を脅かす存在だと見ている人が大半ですが、データを深掘りしてみると、クラブの成長を促す起爆剤になり得る可能性を見て取ることができます。最新の減量薬を使用すると、人は脂肪とほぼ同等量の筋肉を失います。そのため、これまで以上に筋力トレーニングが重要になるのです」と、シーボールド氏は言います。
「社会のあらゆる変化に対し、それをチャンスと捉える人もいれば、脅威と捉える人もいます。私たちLifeFit Groupの今があるのは、常に前向きな視点を持ち続けてきたからです。治療または予防の観点から、減量薬の登場はクラブの新規会員獲得につながるチャンスと捉えています。私たちは、運動が減量以上に多くの恩恵をもたらすことを知っています。だからこそ、このチャンスを最大限に活かす準備は整っています。
いつの日か、運動がもたらす生理学的アドバンテージのすべてを漏れなく得られる錠剤が誕生するかもしれません。しかし、それでも私たちが提供する総合的な体験には及ばないでしょう。人々はコミュニティや自分の居場所を求めてクラブにやってくるのです。会員のために素晴らしい環境を作り、素晴らしい体験を提供ることが何よりも重要です」。
どのようにGLP-1ユーザーを惹きつけ、サポートすべきか
シーボールド氏がGLP-1ダイエットブームに期待を寄せるのには、大きな理由として財務予測による裏付けがあります。投資銀行のハリソン社は、GLP-1受容体作動薬のユーザーが増えることで、スポーツクラブの市場規模はアメリカだけで68億ドルも増加すると予測しています。そして、このパズルを完成させるピースこそが「ワークアウト」です。減量薬の使用よる筋肉量の減少はワークアウトで補うことができ、さらにしっかりとした健康習慣の形成にも役立ちます。言うまでもなく、会員のフィットネスジャーニーを正しくサポートすることも忘れてはいけません。いつどんな要望にも応えら得るように、クラブは減量薬の足りない部分を補うための様々なワークアウトプランを準備しておくべきなのです。
では、減量薬ユーザーが理想のフィットネスジャーニーを歩み始めるためには、一体何が必要なのでしょうか? 筋肉の成長を促す上で、筋力トレーニングは王道と言えるでしょう。ただし、運動初心者や久々に身体を動かす人にとって、筋力トレーニングはややハードルが高く、「自分にはまだ早い」と感じてしまうこともあります。そこで重要なのがマイペースに始めることです。少しずつ自信をつけ、徐々に新たな運動習慣に慣れていくのです。
Les Millsが提供するプログラムの中で、筋力トレーニングに特化したものとしてBODYPUMPとLES MILLS STRENGTH DEVELOPMENTがあります。難易度や強度、フォーマットはそれぞれ異なりますが、どちらもバーベルやウェイトプレートを使用してのワークアウトになります。「まずは低強度や自重から……」という会員には、昨年ローンチしたばかりのLES MILLS THRIVEがお勧めです。すべてに共通していることは、フィットネスジャーニーをサポートするインストラクターの存在です。また、新規会員の背中を押す意味では、初心者向けのクラスを開催し、スタジオやトレーニングツールの使い方からレクチャーするのもいいでしょう。加えて、初心者向けクラスのあとにちょっとした交流会を催すと、クラス参加者が「クラスに通い続けたくなる理由」を提供できます。そう、スタジオで一緒に汗を流す仲間です。こういったコミュニティこそが継続するキッカケとなり、自然と運動が習慣化されていくのです。